歴史的な地質学

歴史的な地質学

アンモナイトは、軟体動物門頭足網に属するイカやタコの仲間と考えられており、生息年代は約7千万年前です。

デスモスチルス - Desmostylus hesperus

中新世中期(1580万年~1200万年前)に、太平洋北部の海岸に生息していた哺乳類の化石骸骨(レプリカ)。デスモスチルスについては、有名な米国のO.C.マーシュ古生物学者が記載をしました。彼は歯を用いて、この動物についての記載を行いました。その歯は、束ねられた柱のように見えるので、この動物は「デスモスチルス」という学名を与えられました。ギリシア語で「デスモス」は「束」を意味し、「スチルス」は「柱」を意味します。

当館で展示されている見本は、偶然と見つかりました。1933年7月、北海道大学の長尾たくみ教授のところに、サハリン島から木材運搬をやっていた人が来ました。彼は、現在のスミルヌィフ町(旧気屯)の北西に、偶然と見つけた不明な動物の頭蓋を持ってきました。長尾教授は、歯の形でそれがデスモスチルスだと判定し、早速、団体を編成して、サハリン島へ行きました。同年、身体の前部の骨だけを集め、1934年、第2次探検を行い、残りの骨を見つけました。化石は日本に持って行って、北大で加工しました。それは、世界で初めての全骸骨の発見でした。古生物学界はみんなびっくりしました。デスモスチルスが頑丈な前肢と後肢と泳ぐに適応している手と足を持っていることが明らかになりました。(以前、この動物は鰭脚があったと考えられていた。)デスモスチルスは長い下顎で海底を鋤いて、貝類などの軟体動物、蟹類などの棘皮動物といった底生動物を探り、食べていたと考えられています。

デスモスチルスは体長が3メートルまで、体重が1200キロまでと推定されます。デスモスチルスは浅海で暮らし、うまく泳いだり、潜ったりしました。沿岸の岩で休憩していました。陸を動くのが下手だったのに、繁殖期には、海岸にいました。

新第三紀における、日本列島の暖かい浅海、サハリン西部の大陸棚の浅海、古サハリンの数多い湖や海跡湖は、デスモスチルスにとって、恵まれた環境となりました。

骸骨の再建は、長尾教授と剥製技術者の篠田シュウジロウにより、実行されました。これは、世界で初めてのデスモスチルス骸骨の再建でした。1935年、長尾教授は歯の寸法により、この動物は、新しい種類のDesmostylus mirabilis と記載しました。現在は、違いは小さく、この骸骨(レプリカ) Desmostylus hesperus に属すると考えられます。

第二次世界大戦の時、骸骨を保存するように、分解して、埋めました。戦後、亀井教授により再び組み立てられました。

デスモスチルス骸骨のレプリカは、2006年7月26日、北方圏・北海道博物国際協会により、当館に贈られました。

 

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