古代文化と民族

古代文化と民族

サハリン州には、旧石器時代から民族誌的現在に至るまで、あらゆる時代の遺跡が2000箇所以上が見つかっています。サハリンの考古学者たちにより、毎年、サハリン州における殆ど各地区で発掘調査が行われます。当館には、250箇所の遺跡から約12万個の発掘物が収集されています。1990年から、日本と米国の学者たちと共に国際考古学探検が行われます。

極東考古学の大事な問題の一つは、旧石器時代におけるサハリン島とクリル列島への最初移住です。展示には、サハリンとクリル列島北部における旧石器時代の遺跡で発掘した、最古労働道具であるチョッパー(chopper)とチョッピング(chopping)があります。その中にある展示品の年代は、3万~2万5千年前です。サハリン南部の「ソーコル」遺跡と「タコエ2」遺跡で発見した黒曜石の道具は、1万8千~1万1千年前ごろの後期旧石器時代と考えられています。「イムチン」遺跡と「サドヴォニキ」遺跡で発見した物は、サハリンの紀元前5千~1千年ごろの新石器時代を示します。この材料は、島の文化の多様性及びサハリンとクリル列島の古代住民と隣接地域の北海道、沿海州と外満州の民族と深いつながりを持っていたことを示しています。石と骨から作った製品と陶器などの材料は、サハリン南部とクリル列島のオホーツク文化(紀元1千年記)を特徴付けます。オホーツク文化人は、海獣狩猟、狩、漁労と沿岸採集を中心とする生活を送っていました。鉄器時代には、中国北部の奥から、アムール川を下り、サハリンと日本列島へ鉄器が伝わったということが分かっています。

この古代のルートは古代文化を繋ぎました。サハリンとクリル列島では中世のモンゴル人と中国人の居住地の痕跡が見つかっています。

サハリンとクリル列島の原住民であるアイヌ人の古代文化の遺跡はユニークです。特に興味深いのは、アイヌ人の村と墓地の残りものです。展示には、古代のアイヌ人の典型的な食器、色ガラスのネックレス、アイヌ人の墓地で見つかった18世紀から20世紀の初めにかけての葬儀道具があります。考古学展示で紹介されるアイヌ人の物質的文化は、19世紀~20世紀の民族誌上な記録に大体適合しています。

サハリンの原住民

民族誌上なコレクションは、当館の誇りです。19世紀~20世紀の初めの本物の物は、サハリンとクリル列島に原住民の独特な伝統的文化があったことを示しています

19世紀の初期に、サハリンに基本民族は、三ついました。ニブフ人は大体北部に、ウイルタ人(オロック人)は中部に、アイヌ人は南部とクリル列島に暮らしていました。又、エヴェンキ人も少しいました。

アイヌ民族は世界で謎の最古民族の一族です。アイヌ人たちは、隣接のモンゴロイドと外見だけでなく、独特な言語と物資的・精神的な文化の多くの特徴で大きく異なっていました。アイヌの男性は、体毛が太く、女性は、手と口の周りに刺青を施していました。展示には、アイヌ刀と植物性繊維から作った桂甲、槍、弓と矢などのアイヌの武器があります。当コレクションのユニークな展示品は、アゴヒゲアザラシ皮を利用して作った桂甲です。この桂甲は1930年代、多来加湖(ネフスコエ湖)付近に暮らしていたアイヌ村長の家で見つかりました。


漁労、狩、海獣狩猟の道具(槍、銛、釣針、弓と矢)は島民たちが自然環境に適応する力があることを示しています。獣を狩猟するなかで、アイヌ人たちは鏃にトリカブトの毒素を塗りつけた矢を使っていました。展示には、日常生活や祭りの時に使用されていた彫刻の模様で飾った木造食器があります。祭祀具であるイクニシ(飲料用の棒)もあります。男性はイクニシを使い、口髭を上げて、御神酒を飲みました。「イクニシ」は神を媒介するもので、神への生け贄を供えるために使われます。イクニシには海獣狩猟や熊送りなどの日常生活を描いた様々な模様が彫刻されています。

女性は、衣装と靴を、海獣と森林動物の皮から作っていました。魚の皮から作ったハラートは、襟の回りや袖口の折返しと裾を色のついた布のアップリケで飾られています。アイヌ人の見解では、これは、魔神の人間への影響を遮るものとされています。

冬の女性用上着として、ワモンアザラシ の毛皮から作った、毛皮モザイクと布アップリケを縫い留められたハラートが利用されました。普段着と晴れ着を作るために、イラクサとオヒョウで生地を織っていました。ショーウィンドーには、イラクサの繊維がある本物の横型の織り機が展示されています。この生地で仕立てられたハラートは、色の糸の刺繍を多く施されています。鉢巻は布で仕立てられるか、柳の削り屑から編んで作られます。

現在、当館の展示品だけは、かつてのサハリンアイヌ民族のことを彷彿させます。その歴史上の運命は悲劇でした。1945年以降、1200人のアイヌ人たちは北海道に日本市民として引き上げました。

ニブフ人たちの伝統的な文化はサケ類産卵魚の漁獲、海獣狩猟、森林植物・根の採集を中心とします。展示には、網を編むための針、重り付きの漁獲網の模型、イトウ釣り用の針などの漁労道具及びワモンアザラシの無血屠殺用木造の槌や槍など、海獣や森林動物を狩猟する時に使う道具があります。

水上を移動するには、様々な形の船を使っていました。展示には、丸木舟やフラットボートの模型があります。

さらに、木造の器-豊かに木彫で飾られたスプーン、柄杓、「モッス」という儀式アスピックを作るための桶-が展示されています。「モッス」儀式アスピックの基盤は、ワモンアザラシの脂肪でした。ワモンアザラシの脂肪は、トドの乾燥した胃袋の中に保管されていました。

白樺の皮から作った物は、非常に上品です。その中に、様々な籠の模型、水用のバケツ、小さい物のための保管箱です。それらは、みんなエンボス技術によりアムール式の渦巻き模型で飾られています。

ニブフ人の衣装はアイヌ人の衣装と異なっていました。ハラートは普段、重ねる左裾が広かったです。展示には、20世紀の初期に布から作った様々なハラートがあります。男性の狩猟用の衣装は独特で、アザラシの皮から作ったスカートです。女性のハラートはアムール式の刺繍を縫い留められ、裾に金属の飾りが縫い付けられています。冬に被る、山猫の毛皮から作った、耳当て付きの帽子は青色の満州シルクが縫い付けられています。青色の満州シルクはその帽子持ち主の富を示すものです。ワモンアザラシとトドの皮から作られた靴は、特別に丈夫で、耐水です。ニブフの女性たちは魚の皮を加工する腕が上がり、魚の皮から靴、服装、タバコ入れ、カバンなどを作っていました。

アイヌとニブフに関するコレクションの大部分は、1887年、政治的な犯罪で懲役の判決を受け、サハリンに護送されたユゼフ・ピウスツキにより収集されました。コレクションの中には、サハリン北部に暮らしているニブフ人たちの伝統的な住居の模型があります。冬期の屋内暖房設備のついた地上の家はタイガの奥で建てられていました。夏期の家は産卵川の河口に杭上に建てられていました。

ウイルタ人(オロック人)とエヴェンキ人はツングース語族の一族です。その文化の特徴はトナカイの飼育行です。トナカイは跨ったり、荷物を積んだり、また冬は、橇を牽引するために使われる大事な動物です。遊牧には、冬はサハリン北部のタイガを、夏はオホーツク海の海岸とチェルペニヤ湾の付近を通るルートが利用されました。展示には、荷物が積まれているトナカイの模型があります。鞍、トナカイの毛皮から作った大きな荷袋、色づいた模様とトナカイ毛で施した刺繍で飾られた丸い籠などが付いています。この展示には、遊牧の時に貨物の運搬に使う本物のトナカイ橇があります。この橇は島の起伏のある地形の移動に適しています。さらに、ここで、槍の鏃、殺された獣の肉を切る包丁、広いスキーなどの猟師の道具が展示されています。冬季狩猟は商売の起源の一つでした。

ウイルタの女性はトナカイ皮から服装のセーム皮を上手に作れました。セーム皮は、裁断用板の上で特別な小刀を使って裁断していました。セーム皮で作った物は植物の模様とアムール式の装飾の刺繍を縫い付けられていました。冬季の服装-毛皮外套、帽子、手袋、装飾が施された高い毛皮長靴-はトナカイの毛皮から作られていました。

サハリンの他の民族と同じく、ウイルタ人たち(オロック人)とエヴェンキ人たち、は夏期、漁獲をやっていて、サケ類の魚を備蓄していました。オホーツク海の海岸には、彼らはカラマツの皮で葺かれた夏季住居に暮らしていました。冬は、トナカイの皮を葺かれた移動式住居に暮らしていました。日本画家の木村しょうじの絵に、ウイルタの住居建設物などが映っています。

サハリンとクリル列島の住民たちの宗教の基本はアニミズム、トーテミズムと魔術でした。動植物、水など自然環境に霊魂を認めていました。サハリンとアムール川の多くの民族にとって、熊の崇拝が最も大事でした。熊を祭るために、狩り熊型熊送り儀礼が行われていました。小熊を2~3年間、特別な檻の中で飼育していました。その檻の正確な模型はショーウインドーに展示されています。ここには、熊に餌をやるための儀式の木造柄杓も見ることができます。この道具は彫刻により装飾されていて、この彫刻は簡単なピクトグラムのように見えます。熊を儀式に殺す時、箙に入れる特別な矢を使っていました。パンの柔らかい部分から作った模型(19世紀)は、熊祭りの熊殺しを示しています。写真には、熊に餌をやる儀式と熊を殺す儀式、そしてと聖なる場所である熊の墓地が写っています。

サハリンの民族にとって、熊とは、山の人間、あるいは魂だと考えられていたので、多くのお守りは熊の姿をしています。お守りは強い魔術的な力を持っていて、数百年間にわたって、家で保管されていました。コレクションには、家族のお守り、漁労・狩猟のお守り、治療のお守りが展示されています。展示品の中には、霊と交信するためのタンブリン、重い金属のサスペンダー付きベルト、木を削ったイナウで作られた被り物、熊の毛皮から作ったお面などといった、シャーマンがトランス状態になった時に用いる道具もあります。この道具は、病人の体から病気の魔神を抜いたり、「天国」又は「地獄」へ旅をしたり、同族に助けたりする時に使用されていました。

葬儀に関することは、地域の民族の精神文化の違いを明らかにするものです。写真には、ウイルタ民族(オロック人)とエヴェンキ民族に普及している、台上葬の葬法が写っています。ニブフ人たちは、死体を火葬して、火葬した場所に木造の家を建てる習慣がありました。この家の中に、死んだ人の魂の住居とされる平たい木造の人間像を入れ、定期的にご馳走する儀式を行っていました。アイヌ人たちは、死体を埋葬していました。葬儀に関する物は、特別コーナーに展示されています。

先住民たちの生活には、中国と日本の間の交易が大きな役割を果たしていました。この交易には、アムール川とサハリンの先住民たちも関わっていました。17世紀までに、中国北部からナナイ民族、ウリチ民族、ニブフ民族が住むアムール川下流域を通り、ウイルタ民族とアイヌ民族が住むサハリン、それから北海道へ、交易ルートが形成されました。シルクの布、金属製品、装飾などは、交換の対象となりました。展示には、サハリンのアイヌ人たちが使っていた日本漆器、帽子に付く中国シルク布などがあります。

現在、ニブフ人たち、ウイルタ人たち(オロック人)とエヴェンキ人たちは、サハリンに暮らしています。その人口は約3千人です。

 

博物館の展示

地下一階
歴史的な地質学
極東海の動物
一階
植物動物界
展示会場
古代文化と民族
深海に
二回
戦後期。現代
サハリン島と千島列島の発見と開発
戦前時代。第二次世界大戦
ロシアの懲役徒刑地とされたサハリン







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